ロマソ派.web

ロマソ派.webのブログ4代目です。

立場が変わると盲目になるものだ

何か意思決定をするときは、決定的な決めてがある場合もあるけど、
ほとんどが、決め手はない。

1つの決め手ではなく、複数のポジティブな要素があって、複数のネガティブな要素があって、それらを比較した結果、
決め手を自分で決めつけているのか。
最後は、なんとなく、で決めている事が多い。
そして、それは誰でもそう思うし、誰でも知っている事だ。

だが一方で、誰かの意思決定を促したい場合。
多くの人は「決め手」を用意したがるものだ。
ポジティブな要素を沢山用意、というよりは、キラーコンテンツを1つ準備したほうが、効果が高いと考える。

この差はいったい何でだろう。
どちらも、誰もが知っていて、どちらも矛盾している。
お金を出して欲しい、選んで欲しい、愛して欲しい。。。
何となく選んでいるつもりで、実はキラーコンテンツに引っ張られているのか、
キラーコンテンツだけじゃなくて、実は網羅的に用意されているものが結果的に選ばれているのか。

色んな需要と供給があるけど、立場が変わると盲目になるものだ。

1つの決め手を用意すれば、自分の思った通りに事が運ぶほど、世の中甘くはない。
こっちの方がしっくり来るか。