友達と話していると、心にすごく大きく響く話があったりする。
うんこマンと話している時に、
「例えばさ、もっと自由に!とか自分を解き放て!って言うすごい人がいるじゃん。
本出したら売れちゃうし、講演会で人もどっさり集まってさ。
でも、そのファンの人たちが全員、自由に働けて自分を解き放たれちゃ、困っちゃうんだよね。
このファンが本を買ってくれて講演に来てくれる顧客な訳だから。
だから、今あなたを縛っている物(仕事とか恋愛とか日本とか)から抜け出そう!って言って、
変に海外とかに放り投げて、大体の人がうまくいかなくて、また自分を縛る元に戻る。
そんでまた現場に不満を持つと、顧客になる。ってサイクルあるよね。」
と言うのです。
なるほど。と。
確かに、全員が健康なら医者も薬もいらない。
この考えが経済的にも人間的にも悪い気もするけどそこは置いといて、掴んだ顧客を離さない手段としては、
意外と多くの人が(暗に)やっていそうな気がする。
それを聞いた時に、私は
「アイデンティティを作り出す構図と同じかもしれない。」
と思いました。
自分のアイデンティティを作っているのは、
むしろ考え方が違う人や、気が合わない人ではないかと思うのです。
例えばAさんが私を認識するとして、
私と集団Nの中で、私と考え方が同じで気が合う人の中では、むしろ私の認識力は低下し、
逆の中では認識要素が増えるのではないか。と言う事です。
ライオンやヒョウの中に虎(私の干支は虎)がいても、違いは模様だな。と思われるのに対し、
ヤギやウサギの中に虎がいたら、おいおい、全然違う奴がいるぞ。となる訳です。
自分と同じような能力、同じような考え、同じような外見の人が沢山いたら
私のアイデンティティが薄まってしまうので、
自分には到底理解できない発言をする人や、行動をする人がいたとしても、
そんな人がいるから自分があるんだ。
とありがたく捉えることにしようと思いました。
前後のつながりが全然無くなったか。。