DXって結局なんなのさ
2018年ころからDX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が使われだして、Digitalは分かるけど、TransformationがどうしてXなの?(DXったらデラックスじゃないの?)と首を傾げたのもはるか昔。 2026年の今ではすっかり地位を確立し、あっちもこっちもDXが使われ、もう既に使うのが恥ずかしいくらいです。草が生えてしまう。
結局DXって何なのさ?に回答する解説動画もたくさん回りに回りましたが、どの動画でも言っている 「大切なのはトランスフォーメーションの方で、デジタルは手段だって言っているだろ!」 が、ことのほか浸透しておらず、既存のやり方をデジタル化して、紙とデジタル運用の併用によりむしろ効率が落ちた。 みたいなことになっています。
ポーズだけ得意な私たち
私たちは、言われたことを行うポーズだけは得意なので、デジタル化してDX活動していると叫んでいたわけです。 そのポーズが大事になったのはコロナの影響があったのは言うまでもありません。 2020年から2023年までの丸々3年間、私たちの生活を一変させたコロナは、当初の予定だと思わぬ副産物をもたらすと思われていました。 それが他でもないDXです。
人との物理的な接触が制限される中で仕事をするために、リモートワークが普及し、デジタルツールを活用した働き方が進みました。 対面が制限されると、悪名高い判子リレーができなくなるから意思決定フローが変化すると思われていたし、対面の情報交換を補うためのチャットなども進展する、はずでした。 中にはコロナを機に意思決定フローや情報交換方法が変わった企業もあるでしょう。 ですが、ほとんどの企業はデジタル化を行っただけで、トランスフォーメーションの方は行えていなかった。 (まぁ、もともと日本には中小企業がほとんどなので、デジタル化ですら実施不可だった面もありますが)
「やっぱりアナログだよ」という誤解
とどめとなったのは、AmazonやGoogleにおける出社回帰の流れです。 完全リモートを見直したこれらの企業は、週5日の出社やハイブリッド出社に方針を変更しました。 これを見てDXのポーズを取っていた多くの社会人はこう考えるようになります。
「やっぱり、デジタルよりも人と人との関係性だよな、アナログだよ。ハートとハート。」
ということで、日本でもリモートから出社に方針が変更され、2018年のあの日に戻りましたとさ、ちゃんちゃん。
「大切なのはトランスフォーメーションの方で、デジタルは手段だって言っているだろ!」 と叫んでいる専門家の方々の声が遠くで響きます。
出社回帰の本当の理由——「集積のメリット」
さて、ここで少し立ち止まって見返しましょう。 見返すのは「どうしてAmazonやGoogleは出社回帰の流れになったのか」という事です。 この解説は様々に書いてあるので省略しますが、すごく端的に言うと 出社のメリットがリモートのメリットを上回ったから という事になります。
様々な解説はいずれも、出社のメリットとリモートのメリット(あるいはその逆)について書かれています。 出社のメリットとは、たくさんの人が同じ場所に集まる事によるメリット、と言えます。 これを経済学では「集積のメリット」と言います。 人口減少が国単位で進呈する日本においては、「集積のメリット」を注目しなければなりません。
出社とリモートを例にして集積のメリットを説明します。 実は、両方とも集積のメリットを高める効果があります。
出社=たくさんの人が同じ場所に集まるメリット これは想像が簡単かもしれません。仕事の以外のコミュニケーションにより生産性や効率性も高まりそうですよね。 人にはそれぞれ得意・不得意な作業があるので、ある作業は得意な人に集めれば全体の作業効率が上がります。これを分担と言います。 人にはそれぞれ知っている・知らない知識があるので、あるアイデアに他の人がアドバイスをしてイノベーションが起こる事もあります。
リモート=遠くにいる人同士がオンラインでコミュニケーションするメリット リモートが提供しているのは、空間と時間の圧縮になります。 人は様々な場所で生活をするので、1か所に集まるには移動と移動時間が必要になります。 世界中のあちこちに社員がいる場合は、移動と移動時間を圧縮するメリットが高まります。 これは、空間・時間・情報を集積していると言えます。
両方に集積のメリットが存在していますが、コロナを経て、メリットを比較すると出社の集積メリットが高かった。 デジタルはあくまで手段であり、デジタルをしたかったからリモートにしたわけではないのです。 だから、出社に戻すのも当然の話です。
と言う風に見返すと、このセリフは半分あっていて半分間違っている事が分かります。 「やっぱり、デジタルよりも人と人との関係性だよな、アナログだよ。ハートとハート。」
正確に言うとこのようになります。 「やっぱり、人が集まる集積のメリットは、デジタルを使った空間・時間・情報の集積メリットよりも、思いのほか大きい。」
そう、人が集まる集積のメリットを私は否定していません。 人が集まる事で、人類は発展してきたと言っても良いとすら思っています。
人口減少という、避けられない現実
・・・ただね、ただ、日本はこれから未曾有の人口減少です。 2026年現在、生産年齢人口の減少は高齢者よりも早く進んでいて、いいかげん身近にも影響が出てくるようになってきたと感じるのではないでしょうか。 お店が減った、病院の担当課が減った、バスが減便した、自治会の役員やる人がいない、お盆なのにお墓掃除してくれる人がいない、などなど。 これらは全て、人が集まる集積のメリットが低下したことによるものです。 単純に需要が減ったということではなく、1人あたりの影響度が上がったと言えます。
例えば、自治会の役員をやる人がいないのは、これまで50人でやっていた自治会が30人になって1人あたりの負担が大きくなっているからです。 これまでは人数がいたから、役員の作業を分担したり助けたりすることができましたが、人数が減ると自分のやる事で精いっぱいになります。 この状況では自治会の役員をやる人は現れません。
会社でも同じで、これまで50人の会社で1人は毎日銀行に行ってお金をおろしたり備品を買いに行けたのは、50人分の1人だったからです。残りの49人で他の仕事ができた。 ですが、これが30人の会社になったら、銀行と備品購入で毎日いない人が現れると影響が大きくなります。30人分の1人になるからです。
学校でも、クラブ活動でも、病院でも、役場でも、町内活動でも、草刈りでも、墓掃除でも、人数が減る事による集積のメリットの低下は効果が大きく、即効性もあります。 人数が増えることと同じ分だけ、逆の効果も甚大に素早く発生します。
それじゃあ、どうするか
じゃあ、どうしようか。 人数を増やそうと考えてしまいます。人が集まる集積のメリットは先ほど記載したとおりだからです。 それができれば良い。そして、持続可能ならば更に良い。 ただ、これからの日本で人数を増やせる地域、会社、自治体、町内活動、家族、はどれくらいあるでしょうか。 全体の人数が減っている今、全てではないでしょう。人口減少は既に東京以外のすべての道府県で起こっています。
それじゃあダメだぁ、おしまいだぁ。
「大切なのはトランスフォーメーションの方で、デジタルは手段だって言っているだろ!」 と叫んでいる専門家の方々の声が遠くで響きます。 集積のメリットを高めるのは人口増加だけではないのです。
DXの再定義——人口減少に負けない集積のメリットを作る
リモートでは空間・時間・情報を集めることにより集積のメリットを高めました。 人を集めるよりもメリットは少ないですが、それでも集積のメリットを高めるのです。 人数が減っていく状況で○○を集めて集積のメリットを高める。 これを1つじゃなくて、複数行ったり組み合わせたりデジタルを使ったりする。 その結果、人口減少と言う集積のメリットの低下を上回る効果が得られたのであれば、人口減少が来ても大丈夫になります。 DXと言うかデジタルは、集積のメリットを高める1つの手段に過ぎません。
DXを再定義すると、人口減少に負けない集積のメリットを作る、と言っても良いと思います。 専門家の方も当たらずとも遠からずくらいで容認してくれるんじゃないでしょうか。
はぁ、というのがDXを行う前提です。みなさん、ご認識頂けましたか?